ぬくもりの家

先生、ごめんね|あの子が最後に言った言葉|不登校

私が公立の小学校教員をしていた時、
担任していたある女の子が放った言葉があります。

「先生、ごめんね。」

これは、その女の子から私が聞いた最後の声でした。

本当に愛おしかった、あの子

私が1年生の担任をすることになった教室に、「あの子」がいました。(以下、Yちゃんと言います。)
Yちゃんは心を許した人にはとことん心を開いて、相手と仲良くなろうとする心優しい、素直な女の子でした。
担任である私にも、すぐに心を開いてくれて本当にたくさん自分の話をしてくれました。私が好きだと言ったミッフィーのイラストに習いたてのひらがなで、メッセージを添えた紙を毎日のように渡してくれました。

「先生は何色が好き?」
「先生、Yちゃんのこと(自分のこと)好き?」
「先生、今日の昼休み、一緒に遊ぼ?」
とにかく気づけばYちゃんはいつも私のそばにちょこんといて、
担任だった私と関係性を築こうとしてくれました。

毎日ありとあらゆる手を使って一生懸命思いを伝えてくれるYちゃんに応えたかった私は、他の子供達との関わりを大事にしつつも、とにかくほんの数分でも、Yちゃんと毎日コミュニケーションをとろうと時間の捻出に励んでいました。
どんなに日々忙しくても、子供達と目線を合わせたコミュニケーションの時間がギリギリだった私の心をいつも支えてくれていました。

ある日の算数の授業で・・・

その日は、算数の授業をしていました。
Yちゃんは、授業中、こちらが指定したところをさっさと終えて、どんどん先のところまで問題に取り組むことが度々ありました。
「自分でどこまでできるか、やってみたい」とか、
「分かるから楽しくてやめられない」といった感情でYちゃんが取り組んでいるように見えた私は、その様子を見守りながら全体の授業を進めていました。

でも、ふとYちゃんの方を見ると、
Yちゃんが机に突っ伏していました。
「どうした?大丈夫?」と私が声をかけても、
Yちゃんは頑として顔を上げませんでした。

かなり時間が経ってから、顔を上げたYちゃんの瞳は涙でいっぱいになっていました。できる!と信じてやったのに、途中で分からなくなって絶望していたことがその表情から読み取れました。つまづいたところから一緒に勉強しよう?と誘ってみましたが、首を縦に振ることはありませんでした。

もっと遊びたい、が許されない環境にYちゃんは・・・

Yちゃんはとにかくクリエイティブで、自分で考えた面白そうな遊びを、友達を巻き込みながらどんどんやってみる姿が印象的でした。

「これをこうしたら、面白くなる!」と言って、
休み時間になると誰よりもその表情をワクワクさせながら、
遊んでいたYちゃん。

でも小学校の休み時間は、せいぜい10分〜20分程度。
子供が夢中になって遊ぶには、あまりに一瞬です。

いくらワクワクが止まらないYちゃんでも、
遊ぶことを強制終了させられる時間はやってくるのでした。

その時のYちゃんを見るのが私は教員生活をしていて最も辛いことでした。
さっきまでYちゃんの目に漲っていたエネルギーやキラキラとした輝きが一瞬で消えてしまい、その後のYちゃんは授業や掃除などあらゆる活動に無関心、無気力状態になっていきました。

小学1年生の子供達に本当に必要なことを考えさせられた

Yちゃんは、他のどの子供よりも「遊びたい!」という気持ちを素直に体現してくれました。その姿に私はハッとさせられたのでした。

小学1年生くらいの子供たちが本当に求めていることは、
時間を気にせず、目の前の「やりたい!」に飛び込んでいくこと
飽きるまでやり続ける経験
やってみたらどうだったか、を自分で確かめる経験
そしてそれを誰からも否定されず、安心感の中で実行できる環境
だと思いました。

でもそれがことごとく不可能な環境、それが学校という場所なんだと当時の私は突きつけられたのでした。

「先生、ごめんね。」がYちゃんの最後の言葉になった

Yちゃんは、日を追うごとに元気を見せなくなりました。
学校に来る頻度も、少しづつ、でも確実に減っていきました。

そんなある日、Yちゃんがお母さんと一緒に、今後のことを話しに、放課後の学校に来てくれました。
今後は、小学校に籍を置きながら、別の場所で過ごしてみるということになりました。
最後にYちゃんは、
「先生とお菓子を食べたい」と言って、お母さんにお願いして私の分と自分の分のお菓子を買ってきました。
誰もいない静かな放課後の教室で、Yちゃんとお話をしながら一緒にお菓子を食べました。私はその時、久しぶりに目を見て会話できることにものすごく有り難さを感じました。Yちゃんが学校に来てくれていたから、私は毎日Yちゃんと会話することができていたんだ、とこの時、痛感したのでした。

そして、お母さんとYちゃんを見送りに駐車場に出ました。
ありがとうございましたと言って車に乗り込むお母さんに続いて、
助手席に乗るYちゃん。
ドアを閉めようとする手を止めて、Yちゃんは言いました。

先生、学校に行けなくて、ごめんね

私の目をまっすぐに見つめて、
苦しそうに、絞り出すように届けられたその声は、
私の脳裏に、焼きついて離れません。本当に悔しい、やるせない思いでした。
Yちゃんの車が見えなくなって、それまで必死にこらえていたものが一気に溢れ出しました。

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