ぬくもりの家では、ほとんどの部屋が和室となっています。
先生は全員、作務衣(さむえ)を着用しています。
昼食は、白米・味噌汁を中心とした和食を提供しております。

このように、ぬくもりの家では 「和」の空間を作ることを心がけております。
子どもたちとの関わり方・教育方針につきましても、昔ながらの日本の学び方、つまり「江戸時代までの学び方」を参考にしています。


なぜ、「江戸時代の学び方」なのか?

現在の学校教育の形が採用されたのは、明治時代からだと言われています。
西洋の影響を受け、より効率的に多くの子どもたちに教育を施すべく、一斉授業をはじめとした「教え込み」型の教育方法が主流となりました。
この「教え込み」型は、アメリカの母親の育児方法のようで、「日本人のしつけと教育ー発達の日米比較にもとづいてー」(著・東洋)では以下のように記載されています。

「教え込み」は、基本的に子どもは教えられることによって学ぶという前提に立つ。教える者と教えられる者とが向き合っての意図的な教授である。そこでは、「教える者」(教師)と「教えられる者」(学習者)の役割がはっきり分かれて存在することが前提になる。教える者は、そこで必要とされる知識や技能を持っており、また教えるためのカリキュラムを持っている。教えられる者はその知識や技能を持っていないで、それを獲得することを必要としている。その落差が両者の間に権威と受容の関係を生ずる。
ここでの<教えるー教えられる>という関係をつないでいる手段は<言葉>である。教師は<言葉>(言語)によって概念を伝え、<言葉>でやり方を説明する。学ぶ側(学習者)も<言葉>によってその理解を確認しながら「教え込み」を成り立たせることになる。これがアメリカの母親の基本的態度であったが、それはまた現代の学校教育がよって立つ原理に他ならない。


これに対して、日本の母親の育児方法は「滲み込み」型と表現されており、同書で以下のように記載されています。

「滲み込み」は、模倣および環境の持つ教育作用に依存する。環境が整っていて良いモデルがあれば、子どもは「自然に」学ぶという前提に立つ。ここでいう環境は、物の環境も含むけれども、より重要なのは人の環境である。人と一緒にいろいろな行動をしているうちに、人について、また人の持っている知識や技能や考えについて、自然に学習してしまう。「門前の小僧習わぬ経を読む」の類いである。

「滲み込み」の教育観では、子どもはとりたてて教えないでも環境から学習するものだし、まわりの人々の真似をしたり大人を質問攻めにしたりして知識を取り込むもの、と考えているようです。

さて、本題に戻ります。
現在の教育は、元来の日本の教育方針であった「滲み込み」型ではなく、西洋の教育観である「教え込み」型を採用しています。
そして、令和8年現在、少子高齢化により子どもの数は減っているにもかかわらず、「不登校」「行き渋り」と呼ばれる子どもたちの数は年々増加しています。

私たちはこれらの事実から、元来の日本の教育方針であった「滲み込み」型の教育を再現したいと思っています。
そのため、西洋の考え方が入ってくる以前の「江戸時代の学び」「和の空間」を採用しています。


最後に

先述のとおり、私たちは「滲み込み」型の教育方法を採用しているため、カリキュラムを設けておりません。
「ここで何をするのか?」「ここに来たら、子どもはどうなるのか?」という問いについては、どれだけ言葉をつくしても、明確にお答えすることはできません。
それでも、もし少しでもご興味を持っていただけるようでしたら、ぜひ一度見学にいらしてください。
子どもたちが触れる「環境」を、ぜひ体感していただけますと幸いです。

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