ぬくもりの家がオープンして、もうすぐ2ヶ月。
大変嬉しいことに、一人目のお子さんが来てくれるようになり、今まで見えなかったことが具体的に見えるようになってきました。
駆け出しのこの時期だからこそ感じる、ささやかな発見を記録として残しておきたいと思います。
目次
- いきなり「小学生対象」から「小中学生対象」へ
- 言葉の時間ってなんだ
- 「水・木・金曜日」から「月・火・水曜日」運営へ
- 決められないものは決めなくていい
いきなり「小学生対象」から「小中学生対象」へ
ここぬくもりの家の代表である私が元々小学校教員だったということで、ぬくもりの家の対象は小学生のみとしていました。
しかし、実際にぬくもりの家の見学に来てくれた一人目の方はなんと中学生。初っ端から、想定していたものが崩れ去りました。
でも、ぬくもりの家に通いたいと思ってくれている目の前のお子さんを断る選択肢は私の中には存在せず、即「中学生も対象」に変更しました。
フリースクール立ち上げ当初は、立ち上げる前にあらゆることを明確に決めておかなければならない、となぜか思い込んでいて、決めきれないものまで無理に決めようとしていました。
でもこの一件を通して、やりながらしか決められないこともあるんだと気づきました。
言葉の時間ってなんだ
ぬくもりの家では、朝まずここに来たら「言葉の時間」というものを設ける予定でした。読み聞かせをしたり、新聞の切り抜き記事を書き写したり、文章を音読してみたり、とにかく言葉に触れる時間を必ず入れるんだと立ち上げ当初の私は意気込んでいました。
しかし、いざ中学生との日々が始まってみると、「言葉の時間」を組み入れるのがなんだかとてもわざとらしい感じがして、全く気乗りしていない自分がいました。
やる気が全くない子供達に無理やり授業を始めようとする教員時代の自分を思い出して、自分が嫌になりました。
だから、ここは一旦、目の前の状況に合わせて自分も動いてみよう、と思い直し、言葉の時間はそっとしておくことにしました。
とは言え、ぬくもりの家には本や新聞記事の切り抜きなど活字に触れるきっかけは可能な限り用意していることもあってか、通ってくれている中学生も自分のペースで言葉に触れようとする姿が次第に見られるようになりました。
なんだか、もっと気楽に始めても良かったんだと思うことがこのあたりからポツポツと出てきました。
「水・木・金曜日」から「月・火・水曜日」運営へ
本当にささやかな出来事なのですが、運営日も最初の1ヶ月で変更しました。
月曜日こそ、学校の代わりに行くところがあったら嬉しい、という実際のお子さんの声があり、それならばと即、曜日変更もしました。
こうやって目の前の状況や具体的な人の声を、自分の意思一つで即座に運営に反映させられるときに、思い切ってフリースクールを立ち上げて良かったなあ、としみじみ思います。
決められないものは決めなくていい
フリースクールを運営して2ヶ月が経過した今、最も強く感じるのは、結局具体的な状況の中でしか物事は決まらないし、決められないものだ、ということです。
私は性格的に、現状決めきれないことまで無理に決めようとするところがあります。
でも、それはやっていくうちにどんどん崩れていく。
想定はこうも崩れるんだ、と実感しました。
しかも、まだ何も始まっていない段階で頭の中だけで考えたことは、とても理想論に偏りがちで、とても脆い。
だから、どうしても譲れない芯の部分だけは自分の中でしっかりもっておいて、それ以外のことは頭でばかり考えない。
決めない勇気みたいなものが大切でした。
やっていくうちに自然といろいろなことが決まっていく。
自分で決めようとするより、よっぽど自然で最適な方に決まっていく。
目の前の状況に自分が導かれていくような、緩やかな自分という感覚をもってやっていけば大丈夫なんだ、と最近の日常から感じました。
そう思うと、これからのぬくもりの家が今後どのように変化を遂げていくのか、私にも想像がつきません。でもそれがワクワクします。
これからも目の前の一人を大切にする姿勢は一貫させつつ、未知を受け入れ、楽しみながらやってまいります、、、!
最後までお読みくださり、ありがとうございました☺️